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11月29日(金)より 全国公開11月29日(金)より全国公開

『HUMAN LOST 人間失格』業界人トーク付き試写会 第2回【 SFと文学編】日本文学の金字塔・太宰治「人間失格」をSFの世界観に大胆に再構築!冲方丁が語るダークヒーローアクション誕生までの3つのブレイクスルーとは?

11月18日、『HUMAN LOST 人間失格』業界向け試写が開催されました。
第3回は アニメジャーナリストの 藤津亮太 さんをお迎えし上映後にはトークイベントを実施。その様子をお伝えいたします!

登壇者(敬称略)
MC:藤津亮太(アニメジャーナリスト)
冲方 丁(『HUMAN LOST 人間失格』ストーリー原案・脚本/脚本・小説家)
塩澤快浩(SFマガジン編集長)

■冲方イズムが随所に感じられる『HUMAN LOST 人間失格』
MC・藤津からの「『HUMAN LOST 人間失格』から感じた冲方らしさとは」という質問に「ぶっ飛んでいると感じた」と答えた塩澤。実は、原作である太宰治の「人間失格」を読む前に『HUMAN LOST 人間失格』を観たことを明かし、「原作にはアクションがない。全然違うじゃないか!」というのが率直な感想」とコメントし笑いを誘う。冲方の作品「マルドゥック・スクランブル」や「十二人の死にたい子どもたち」では、元になる物語を踏襲し、アレンジやアップデートしているが、『HUMAN LOST 人間失格』は原作との乖離が激しかったと驚きを隠せない様子を見せた。

■第1のブレイクスルー
「太宰治の「人間失格」をベースにしたSFダークヒーローものを作りたい」という企画に対し、「何を言っているんだろう?」という感想を持ったという冲方。「人間失格」を読み直し「現代に通じるテーマがある。これはイケるんじゃないか?」と思ったが、そこにはいくつかのブレイクスルーが必要だったことを明かし、その1つ目となったのが「人間失格」というタイトルの再解釈だと説明。「文学は個人の物語であって、人間という規範から失格する個人を描く。だったら、人間全部を失格させちゃえばいいと思った」と解説。「SFではある個人の生き方や発見も、のちの人類や社会に影響を与えるということを文脈に落とし込む。だったら、もう全人間失格でいいのではないか。失格しながらも生きていかざるを得ない人たちの物語として捉えたらどうか」という発想に至ったという。 この最初のブレイクスルーについて、塩澤は「原作は、連載中に著者が心中するというこれ以上の個人の小説はないという印象。それを人類にという発想がすごすぎる」とコメント。これに対し冲方は「人間像がとても現代的だと思った。(大庭)葉藏という人物はメッセージを受け取るとその通りに行動する人物」だと説明。「社会的にこれが正しい、素晴らしい、新しい、これからの時代はこれだ、と言われればそれを全部吸収してどんどん自我がなくなっていく。よりよく生きようとしているだけなのに、どんどん泥沼にはまっていく。これは、大量の情報の洪水に浴びせられる毎日を送る、我々そのもの。非常に現代的な人物像として捉えることができた」と振り返る。 さらに「個人だけを抽出してもその人は成り立たない。周囲にいる人との人間関係が非常に大事で、そういう意味ではキャラクター配置が抜群の物語」とし、「自分のことしか考えない堀木(正雄)。他人のことしか考えない(柊)美子。この二人の間をシーソーのように行ったり来たりする。特に、美子が登場するまでは、「今は革命だ!」と叫ぶ堀木に憎悪を覚えながらも逆らえずにどんどん流される。これはディストピアを描くうえで、非常に抜群の人間関係だった」強調した。 これに対し塩澤は「キャラクター配置はよくわかるけれど、だからといってどこからヒューマン・ロスト現象が出てくるのか、やっぱり解せない!」と困惑の様子を見せる。ここで冲方が「順を追って説明します」とニッコリ。太宰作品を扱う上では「死」の扱い方が重要な課題となると前置きし、「登場人物が誰も彼も死んでいくという話は、鬱々として観ていられないし、モノローグの連発になり面白くなくなる。そもそもなぜ、人間失格になったのかと考えたとき、死なない世界というキーワードが浮かんだ」という。

■第2のブレイクスルーとは
「死にたくても死ねない世界を描くことで、「人間失格」や太宰作品にまとわりつく影のようなものを浮かび上がらせることができるのではないか。自殺して楽になりたい、楽になったと思ったらあんな化け物になってしまう。悲壮感が漂い、失格感がすごいだろうと。人間というカテゴリが辛すぎて耐えきれずに失格したいと考えている人間が、逃げたい、消えたいと思っても消えさせてもらえない。それどころかクリーチャーになってしまう。変身ヒーローものにおけるモンスター、ショッカーのような存在になってみたらどうか、というのが第2のブレイクスルー」だったと振り返る冲方。この時点で、世界観、テーマ、一般民衆を襲う悲劇や危機、主人公が対抗しなければいけない敵がおぼろげながら浮き上がったと説明した。
藤津は「葉藏、堀木、美子の3人がいることは、3つの未来の選択があることを意味している。それが人類の未来全体の話になっている」と分析。冲方は「3人をある種、救世主にして、ちょっとおかしな三角関係にした。善と悪、崩壊と再生という中で、葉藏を取り合う話になっている。ありとあらゆる諸問題においては解決がないという現代の中で、解決が見いだせるのではないかという希望を提供している」とコメント。塩澤の「堀木が過去で、美子が未来、現代が葉藏という捉え方もできる」という発言に冲方が「それにしても葉藏は行ったり来たりしすぎ(笑)」とツッコミを入れる場面もあった。

■SFと文学の親和性について
「SFと文学」というテーマにちなみ「SFを決定づけている要素とは?」との質問に、「今、文学を書こうとすれば、必然的にテクノロジーに向き合わなければならない。テクノロジーを抜きにした文学は、今の時代では成り立たない」と回答した冲方。その一例として2017年ノーベル文学賞を受賞したカズオ・イシグロの「わたしを離さないで」ではクローンの話が描かれていることを挙げていた。『HUMAN LOST 人間失格』を作る上で、逆に文学性にどんどんSFが飲み込まれ、突飛な自由さがなくなることは避けたいと考え「だからこそ、今回は一切モノローグを使わないと決めていた。滔々とテーマを語り、哲学を語るのではなく、閉塞してしまった二進も三進もいかない状況下においても、なんとか脱出できるのではないかという高揚感を提供する作品にしたいと思った」と説明していた。 藤津の「それがヒーローものにおけるひとつのキモ」というコメントに対し、冲方は「ヒーローは文学とSFを結びつける存在。ヒーローは全体を司る個人で、社会と等しい命を持つ個人と定義できる。この個人を描くことで、全体が描けるという方法論を見出したのが、今世紀のエンターテインメント」と解説。
「SFを特徴づけているものは何か」という質問には、塩澤が「現実(リアル)と虚構(フィクション)を等価に描けるところがSFの強み。『HUMAN LOST 人間失格』はそこに真正面からぶつかっている点にびっくりした」と回答。冲方は「リアルな要素は惜しみなくぶち込もうと思った。普通のアニメーションなら現実から一歩離れたところで娯楽を楽しみたいから、リアルはオミットされるもの。わざわざ年金とか社会保障は使わない。でも、そういうものがあったとしてもそれを超える高揚感を抱いてほしいという気持ちがあった」と意図を解説していた。

■第3のブレイクスルーについて
藤津は「冒頭の「恥の多い生涯を送ってきました」のセリフと刀を刺すシーンは変身ギミック。すごくインパクトがあった」とコメント。冲方は「欧米のヒーローは、衣装チェンジをする。日本のヒーローはと考えたら仮面ライダーやウルトラマンのような変身だなと。冒頭で主人公がいきなり東京タワーの上で割腹したら、頭のおかしい映画だと世界中に認めてもらえると思った」とニヤリ。「死を賜りたいキャラクターが、キラキラ光るタワーの上で、えいっ!と変身する。ここから「作れる!」という気持ちになりいろいろなものが動き出した」と振り返る。続けて「これって、三島(由紀夫)じゃないか、とも思ったけど、ジャパニーズ・リタラチャー・エンタメとしては、いっそのこといろいろなものを突っ込んでいけ!と。なんだったら、谷崎(潤一郎)のフェティシズムもってね。太宰を入り口にして、日本文学のありとあらゆるものをSF化して、成功したら次は「金閣寺」を題材にしようって(笑)」と微笑んだ。

■最後のあいさつ
塩澤「印象に残ったシーンはすべて。後半は圧倒されてぽかーんと口を開けたままだった」 冲方「4年がかりで作り上げた僕たちでさえ、この作品がどんなものになったのかよく分かっていません。ですが、思いっきり振り切った作品にしました。皆さんがこの作品をどう心に残すのか、それによってこの作品の位置が決まる気がします。皆さんでこの作品、そのジャンルを誕生させてください」と呼びかけ、イベントは終了した。

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